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フィギュアスケートの編曲やオペラについて雑多に書くブログ

ビゼーの『カルメン』を3つの公演で観比べてみた

 

こんにちは。

 

今回は、わたしがこれまでに鑑賞した3つのカルメンについて紹介していきたいと思います。カルメンの作曲家はビゼーです。ビゼーといえばやはりカルメンですね。「真珠採り」なども時々上演されることがありますが、やはりなんと言っても彼のマスターピースはこのオペラです。

しかし、わたしが一番最初にカルメンを見た時の感想というと

「ホセ、マジ無理」

というもので、ホセの嫉妬深さの強烈さの余りオペラそのものの良さというものが全くわかりませんでした。(え!?そこでマザコン発動する??という残念さもあった)初演も実際上流階級に受け入れられず失敗に終わり、失意の余りビゼーは相当なショックを受けたとか。しかし、何度か耳で聞いていくうちに、その音楽の奥深さとビゼーの天賦の音楽的才能に魅せられ、このオペラとの向き合い方は大きく変わっていきました。このオペラはいわば、噛めば噛むほど美味しさが出てくるオペラです。見るたび新たな発見に気づけ、カルメンという女の魔力、ホセという感情的な男の心情に心打たれます。上流階級とかけ離れたロマの女と兵士の恋。他のオペラとは一線を画すこのオペラが傑作と言われる所以が、痛いほど理解できるようになったのです。そういうわけで最近カルメンが大好きでたまらないので、いろいろ見て感じたことを記事にして書いていゆきたいと思います。(見たことの無い方はWikipediaのあらすじを参考に)

 

 

 1.メトロポリタン・オペラ 2010-11「カルメン


Carmen: "Près des remparts de Séville" (Elina Garanca)

 ・カルメンエリーナ・ガランチャ

 ・ドン・ホセ:ロベルト・アラーニャ 

 

 安心と信頼のメトロポリタン・オペラ(*当社比)の公演です。そうゆうこともあって、この演出の主人公はカルメンとホセの2人、鉄板といえる演出です。二人の歌手もさすがの有名所、ガランチャさんとアラーニャさんです。ガランチャさんのカルメンはホセを誘うような仕草や表情、そしてホセに殺される最後の切ない表情が最高です。アラーニャさんのホセの甘い声、狂気じみたホセの演技もさすがですね。私は特に上に貼った「セビリア城の近くで」のアリアでの二人が大好きです。ホセの心境の変化がとてもわかり易くてなんだかかわいい。スペイン風のセットや衣装も細かいところまで素晴らしいですね。

 スタンダードな演出で親しみやすい公演。初めてこのオペラを見るのには最適な公演です。

2.ロイヤル・オペラ・ハウス ライブビューイング2017−18「カルメン


CARMEN von Georges Bizet

(上の動画はロイヤル・オペラ・ハウスでの公演ではありませんが演出はまったく同じものです)

 ・演出:バリー・コスキー

 ・カルメン:アンナ・ゴリャチョヴァ

 ・ドン・ホセ:フランチェスコ・メッリ

 

 大きな階段だけを使ったセットに合唱を大胆に活かす演出。しかもこのカルメンにはエネルギッシュなダンサーが6人も出演し、フランス映画のようなおしゃれなナレーションまで付いています。音楽の面でもこれまでのものとは異なります。このカルメンではなんとカルメンが初演を迎える前の、初稿版の楽譜を使っているからです。この楽譜には、モラレスのアリアが登場し、ハバネラが途中で全く別の曲に変化します。その音楽の変化もとてもおもしろいです。個人的にはこの初稿版も結構好きでした。

 このカルメンは、「スペインでのいい女20か条」がナレーションによって読み上げられるところから始まります。その後ところどころに現れるこの声は、カルメンのリブレットに書かれていないようなことまで新たな見解を示してくれます。この声とオペラの間が絶妙で聞いていて心地よかったです。

 この演出の主人公は(そのナレーションからも感じますが)カルメンです。なんとカルメンは、ゴリラの着ぐるみを着て階段の上から登場、そのままそれを脱ぎながら階段を下っていきます。この登場はさすがに予想外だぜ…!そのカルメンを演じたアンナさん、彼女のすこし冷酷ともいえる恋心の移り変わりが、表情やふるまいからもとても良く伝わってきますし、また彼女をそうさせる女としての魅力もすごく感じられます。この最高のカルメンを、さらに彼女をカルメンたらしくさせるのは最後の3秒の演出です。ホセに刺されたカルメン、通常ならそのまま倒れて終了ですがこのカルメンは違います。ホセがいなくなった後、なんと彼女はスッと起き上がり「何だアイツ?」と言わんばかりのポーズ、表情もひょうきんです。ここで照明がプツッときれてこのカルメンは終わり。会場は笑いに包まれていました。ウ〜〜〜〜ッ!!!カルメンが過ぎるぜッ!!アツイ!!!

 

 さらに素晴らしいのは合唱隊です。「合唱をただの個性のないコーラス隊にしたくない」と言った演出家の熱量がすごくよく伝わってきます。ひとりひとり個性を出しながらも、まとまりを保った彼らの存在はこの演出の大きなテーマである人間について深く考えさせてくれる大事な出演者です。また、6人のダンサーもエネルギッシュなダンスで場の雰囲気を支配し、大きな階段に場面毎に違った景色を見させてくれました。この黒が基調の舞台装置では証明も映え、光による演出もとてもかっこよかったです。

 

ミュージカルのようなオペラ。新しい感覚で4時間の上映もあっという間でした。

 

3.エクサン・プロヴァンス音楽祭2017「カルメン


La Fleur Que Tu M'Avais Jetee, Carmen: Michael Fabiano


Finale, Carmen: Stephanie d'Oustrac, Michael Fabiano

 ・カルメン:ステファニー・ドストゥラック

 ・ドン・ホセ:マイケル・ファビアーノ

 

 このカルメンの演出は上の2つの公演とはかなりかけ離れたものです。この演出は見る人によって好き嫌いが大きく分かれる演出だと思いますが、私は大好きです。

なんと言ってもこの演出の前提として

倦怠期のカップルがセラピーでカルメンを演じる

という設定があるからです。(何を言っているのかわからないかもしれませんが、わたしもわかりません。)ドン・ホセ役のファビアーノさんはほぼ舞台に出ずっぱり、セットもずっと同じセラピー会場、演出に合わせカットされる場面もあれば、伴奏はあるのに歌われない場面も。こんなにいわゆる正常なカルメンとはかけ離れているのに、なぜかカルメン」というオペラの真髄を一番感じることができた演出だったのです。この演出での主人公はホセです、ホセの心情をリアルに読み込んでいくことで、このオペラの深いところが見事に見えてきます。私はマイケル・ファビアーノさん(カツラ付けると普段とギャップありすぎて恋に落ちそうになるテノール部門1位)が前から好きなのですが、これを見てその演技力の高さにさらに好きになってしまいました。

(しかし、カルメンを見たことがない人がこの演出のカルメンを見ることはあまりおすすめしません、たぶん意味がわからなくなる)

 

 このカルメンは、倦怠期のカップルがセラピーで契約を済ませる場面から始まります。その二人は、後のドン・ホセとミカエラ。ミカエラは淡いピンクのコート、ホセはその色と同じシャツに上下青色のスーツ。ホセは何をすればいいのかわからないまま右往左往、すると突然前奏曲が始まります。まずは支配人に携帯や財布などを預け、役に入り込ませます。そしてモラレスなど、たくさんの役者が一堂に出てきます。はじめは戸惑うホセですが、ニッコリマークを見せられ笑顔に。すると突然ミカエラ役として出てきたのは、なんと「自分は出ない」と言っていた彼女。ミカエラ役をこなしていきます。しかしホセのスーツと同じ青い色のつなぎを着て出てきたカルメンを見てホセはまんざらではない様子です。これを見て怒った彼女。しかしその後のシーンでミカエラからのキスに普通のホセなら笑顔ですが、このホセは本気で嫌がってます。当然その反応にミカエラはショック。反対に、ホセはミカエラが出て行った後もネクタイで縄を結んだりカルメン役の女性とイチャつきます。すると突然、警察が大勢銃を持って入ってきます。ここではじまるのが、ホセを誘うカルメンのアリア「セビリア城の近くで」です。この歌が終わり第1幕が終わるとともにここで支配人から警察も役者であることが告げられ、ホセの感情の起伏の戻りを称賛。

 そして続く第2幕、ホセはノリノリで歌いながら入場(伴奏なし)しかしラッパの音とともに帰らねばならないという台本を読みます。呆れた演技をするカルメン。しかしホセの熱量はヒートアップ、イスやら机やら大きく動かしてしまうほどの役への入り込みに、カルメンも当惑してしまいます。それを見た支配人から「ここでやめよう」と告げられますが、「いや、続けよう」ともはやホセになりきってしまいます。

 続けて第3幕、ホセはカルメンのところへ気を引いてもらいに何度も近づきますがカルメン知らんぷり「全員出て行け!」と叫びホセとカルメンが残ります。ホセはカルメンに近付こうとしますがここで2人の女がカルメンのもとに駆けつけホッとしたような様子。カード占いのシーンの始まりです。このカード占いの結果は2人の運命を暗示したもの、しかし彼女は本気で彼に恐れをなしています。また、次のシーンではカエラが何故かエスカミーリョとともにセラピー会場へ。「夫に2人でいるところを見せつけたい」と言い2回で見ているホセの前でキスをします。そこで次のシーン。ホセがカルメンに会いに来たというエスカミーリョに出会います。しかし、役の領域を超えたホセのエスカミーリョとの闘争の本気さとカルメンへのあまりの熱量に周囲も当惑してしまいます。その後台本通りミカエラとホセは母の危篤を知り故郷へと帰りますが、ホセのあまりの入り込みと執念深さに自分の運命を何百回も繰り返し、知っているカルメンは今回の熱量のすごみに感じたことのない恐ろしさを感じ、支配人にやめるよう言いますが聞いてはくれません。

 そして第4幕、グレーのスーツを着たホセが会場へ。と、思いきやホセではありません。なんと、新しいセラピー受講者だったのです!そこで自分の始め受けたような待遇を見て驚きを隠せない本物のホセ。周囲の役者と話をしようとしますが取り合ってくれないどころか、自分の事が見えていないようでした。そして4幕の台本通りカルメンエスカミーリョが入ってきます。しかしその後はホセとのシーン。カルメンはその後の二人の運命を知っているので再び支配人にやめてほしいと告げに行きますが取り持ってはくれず、カルメンと2人きりになったホセは、関係を戻そうとします。カルメンは冷たい女を演じるしかありません。そこで嫉妬に狂ったホセはカルメンを襲った挙げ句脅迫。脅迫も意味を持たないことを嘆き何度も何度もカルメンの腹を刺します。(本当に刺してはいない)「俺を逮捕してくれ!!」と泣きながら訴えるホセを前に、陽気な音楽と新しいセラピー受講者の矯正祝賀パーティが開かれる会場。ミカエラと起き上がったカルメンが嫉妬に怒り狂った自分に涙を流すホセを慰め幕。

 

どうでしょう。このオペラが終わって拍手の合間も、ホセ役のファビアーノさんは放心状態でずっとカルメンを殺した「ホセ」のままのようでした。いつもは爽やかな笑顔を見せてくれていた気がしたので、彼がどれほどこの役に入り込んでいたかがよくわかりますね。この演出は、人間の感情表現が本当にリアルで見ている方が恐ろしく感じてしまうほどのものでした。感情を無くしたことを直しに来たのに、3時間でこんなにも感情を激しく入れ替えることのできてしまう人間の恐ろしさをホセの演技から感じます。感情が有るゆえの恐ろしさは、無い時に大きく勝ってしまいますね。

 

オペラの演出は時に見る側の視点も、時代も、場所も変えてしまうものです。しかし、このように同じ演目を様々な演出で見ていくことはオペラならではの楽しみ方であり、とてもおもしろいですね。

 

3番の公演を見た後感動のあまりウオォォォ!!!と思ったことをただ書いていったまとまりのない産物ですが、こんな感じでこの記事を終えたいと思います。

 

ではでは。